出張者が現地で入院したときの、会社の対応
公開日 2026-09-15
この記事のポイント
- 一報を受けたら、まず窓口を1名に決めて連絡を集約する
- 海外出張と海外派遣で労災の扱いが違い、形式でなく勤務の実態で判断される
- 労災の特別加入は、事故の後から遡って加入できない
出張者が現地で入院したという連絡が入ったとき、会社が最初に判断することは「誰が窓口になるか」です。本人・家族側の動きは海外で入院したとき、本人と家族がやることにまとめています。
立場別に、先に読むところ
1. 最初の24時間
窓口を1名に決める
本人・家族・現地・社内への連絡を、その人に集約します。副担当を置いて時差に対応できるようにしておくと、夜間に判断が止まりません。
事実を確認する
確認する項目は、下の一覧のとおりです。
誰が家族に連絡するかを決める
本人から家族へ直接連絡が行っている場合もあるため、まず本人に確認します。
窓口が決まらないと
複数の担当者が個別に動くと、本人と家族に別々の情報が届き、費用の負担についても言った言わないが残ります。
確認する事実
- 誰が、どこで、いつ、どういう状態か(病院名・所在地・連絡先・担当医)
- 現在の滞在国と、帰国予定日
- 同行者の有無
- 支払いが発生しているか。誰が立て替えているか
- 本人が加入している公的医療保険(協会けんぽ・健康保険組合・国民健康保険)
家族に伝えるとき
会社から連絡する場合は、分かっている事実と、分かっていないことを分けて伝えます。推測を伝えると後で訂正が必要になります。
現地の日本国大使館・総領事館
受診先が決まっていない、言語の問題がある、家族との連絡がつかないといった場合は、現地の日本国大使館・総領事館が情報提供や連絡の支援を行っています。ただし、治療費の支払いや立替えは行いません。
2. 会社が判断すること
一報の直後に、次の4つを決める必要が出てきます。規程に定めがない場合、その場の判断が前例になります。
| 判断事項 | 論点 |
|---|---|
| 費用の一次負担 | 会社が立て替えるか、本人が立て替えて後で精算するか |
| 家族の渡航 | 呼び寄せるか。費用を会社が負担するか |
| 帰国搬送 | 医師の判断を前提に、手配と費用をどうするか |
| 業務の引き継ぎ | 出張の目的だった業務を誰が引き継ぐか |
このうち費用については、後述する労災保険の適用関係が決まらないと最終的な整理ができません。
ここが大事
一次負担の判断と、最終的な費用の帰属は別の話として扱います。まず本人が治療を受けられる状態を作ることを優先します。
3. 費用負担の整理 — 労災の適用が分かれ目
ここが会社側で最も間違えやすい点です。
| 負傷・疾病 | どの枠組みになるか |
|---|---|
| 業務上 | 労災保険。海外出張か海外派遣かで扱いが違う |
| 業務外 | 健康保険(海外療養費) |
海外出張と海外派遣で扱いが違う
厚生労働省は、国内の事業場で就労していた人が海外で業務に従事するケースを「海外出張」と「海外派遣」に区分しています。
「海外出張」の場合は、海外出張者に関して何ら特別の手続きを要することなく、所属する国内の事業場の労災保険により給付を受けられます。
一方「海外派遣」の場合は、海外派遣者に関して特別加入の手続きを行っていなければ、労災保険による給付を受けられません。
定義は次のとおりです。
- 海外出張者 … 単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず、国内の事業場に所属し、その事業場の使用者の指揮に従って勤務する労働者
- 海外派遣者 … 海外の事業場に所属して、その事業場の使用者の指揮に従って勤務する労働者、またはその事業場の使用者
「どちらに当たるか」は形式では決まらない
ここが大事
出張命令書を出していれば出張、という整理はできません。厚生労働省は「勤務の実態によって総合的に判断される」としています。
一般的な例として挙げられているのは次のとおりです。
| 区分 | 一般的な例 |
|---|---|
| 海外出張 | 商談 / 技術・仕様などの打ち合わせ / 市場調査・会議・視察・見学 / アフターサービス / 現地での突発的なトラブル対処 / 技術習得などのために海外に赴く場合 |
| 海外派遣 | 海外関連会社(現地法人、合弁会社、提携先企業など)へ出向する場合 / 海外支店、営業所などへ転勤する場合 / 海外で行う据付工事・建設工事(有期事業)に従事する場合 |
短期の渡航であっても、現地法人の指揮下に入って働いていれば派遣と判断されうる、という点が実務上の注意点です。長期出張という名目で現地法人の業務に従事している人がいる会社は、事故が起きる前に整理しておいたほうがよい領域です。
特別加入は事故の前でなければ間に合わない
特別加入の手続きは、すでに海外にいる人についても行えます。ただし、労災として認められるには、災害の発生前に加入していることが前提です。
事故が起きてから遡って加入することはできません。制度の詳細は海外出張と海外派遣で労災はどう違うかで扱っています。
業務外の場合
業務上の負傷・疾病でない場合は、労災ではなく健康保険の枠組みになります。健康保険には海外療養費という仕組みがあり、日本国内で同じ治療を受けた場合を基準に計算した額から自己負担相当額を差し引いた額が支給されます。
ただし、日本国内の基準で計算されるため、実際に支払った額と支給される額は一致しません。医療費の水準が日本より高い国では差額が残ります。
申請には現地の医師の記入・署名が必要な様式があり、時効は支払日の翌日から2年です。詳細は海外療養費の申請方法にまとめています。
会社としては、この差額を誰が負担するのかを規程で決めておく必要があります。決めていない会社が多い部分です。
4. 会社が集めておく記録
本人が持ち帰る書類とは別に、会社側で残しておくものがあります。
- 一報を受けた日時と、連絡の経路
- 本人の渡航目的と、現地での業務内容(労災の判断で問われます)
- 誰の指揮下で働いていたか
- 会社が立て替えた費用の記録
- 家族への連絡の記録
- 出張命令書、旅費規程の適用関係
一報の段階で記録する
「現地での業務内容」と「誰の指揮下だったか」は、時間が経つと関係者の記憶が曖昧になります。一報の段階で記録しておくと、あとで労災の判断が必要になったときに確認が早く済みます。
5. 起きたあとに見直すこと
一件落着したあとで、次の3点を確認しておくと同じことが繰り返されません。
| 確認 | 見るところ |
|---|---|
| 規程 | 出張旅費規程に、医療費と搬送費用の扱いが書かれているか |
| 派遣 | 海外派遣に該当する人がいないか(長期出張の名目で現地法人の指揮下にある人を含む) |
| 連絡 | 緊急時の連絡経路が、実際に機能したか(担当者不在の時間帯を含む) |
渡航の目的・期間・同行者ごとに、会社側の準備に抜けがないかは海外出張・赴任 準備チェック診断で確認できます。
出張前に会社が整えておくことの全体(安全配慮義務の考え方、たびレジへの職場アドレスの追加、6か月以上の派遣の健康診断)は、海外出張と安全配慮義務にまとめています。
出典
- 厚生労働省「特別加入制度のしおり(海外派遣者用)」 https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040324-7.html (2026-09-15 取得)
- 全国健康保険協会「海外療養費」 https://www.kyoukaikenpo.or.jp/benefit/overseas_medical_expenses/index.html (2026-09-15 取得)
- 外務省 海外安全ホームページ https://www.anzen.mofa.go.jp/ (2026-09-15 取得)
制度の内容は改定されることがあります。実際の手続きにあたっては、所轄の労働基準監督署および加入している保険者の最新の案内を確認してください。個別の事案における労災の該当性の判断は、所轄の労働基準監督署が行います。
監修:真下 恭徳(リスクコンサルタント/株式会社キール)
株式会社キールにて、法人のリスク管理と損害保険の実務に従事。事故対応と保険金請求の実務経験をもとに、海外で起きるトラブルへの備えを整理しています。
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